「おい!シャワーがかかってんぞ!やめろ!」
突然の怒声にビビッて後ろを振り返ると、反対側の洗い場にいるスキンヘッドのおっさんがこっちをにらみつけていた。怖い顔でこちらを威嚇している。
「すみませんでした!」と言いながらおっさんを上目遣いで見る。長い社会人生活で培った謝罪スキルが役立ったようで、しばしのにらみ合いの後、おっさんはまた太った身体を洗い始めた。
健康ランドの洗い場で完全にリラックスしている中、まさか怒られるとは夢にも思わなかった。というか、そんなにシャワーを後ろに向けてる訳じゃないんだから、そこまで怒るやつがあるか、と悔しい気持ちになってしまった。
気を取り直してサウナに入る。7分入って水風呂、サウナと繰り返す。サウナ内のテレビ番組が面白かったので、思ったよりも長居してしまった。この往復の最中、いまだにおっさんは洗い場で身体を洗い続けていた。そうか、潔癖症だったんだな。
露天風呂でゆっくり日光を浴びる。一緒に来ていた友達は「洗い場では災難だったな」と声をかけてくれた。が、ふと見ると近くにそのおっさんが露天風呂に入るところだった。危なかった。こんな愚痴が聞かれていたら、二次災害が起きていたかもしれない。これでは全く身体が休まらない。
ふとみると、たくましい身体のおじさんたちが意気揚々とスチームサウナに入って行くのが見えた。なんだろうと思ったら、どうやらロウリュウサービスがはじまるらしい。なんだかコロシアムにはいるグラディエーターを彷彿とさせるシチュエーションに私もサウナに入ることにしたのだ。スチームサウナ内は円形に椅子が用意されていて、アーサー王の円卓の騎士を彷彿とさせた。
「それでは、これからロウリュウサービスを始めさせていただきます。」
若い店員の掛け声にサウナのおじさんたちは拍手で迎えた。なんだこの空間は。なんだこの一体感は。なんだかしらんが、とてもワクワクした。が、気づいてしまった。この狭いスチームサウナ内の真向いに、あの因縁のおっさんがいることに。
背筋がこわばる中、スチームサウナから蒸気がモワモワと噴き出してきた。店員はその蒸気をウチワで一人ずつ煽っていく。ウチワで仰がれる熱い蒸気に耐え切れず外に出ていく脱落者が出てくる。なるほど、これは戦いなのだ。
私にもウチワの熱風が襲い掛かる。砂漠の熱風かと思うぐらいの熱だったがなんとか耐えきった。他のおじさんも熱風に耐えている。スチームがどんどん噴き出して視界が真っ白になる。熱い。熱い熱い熱い。ただ、目の前の敵より先に出るわけにはいかない。耐えるんだ。
ウチワが一巡して、もう一巡がはじまる。自分の番になり、ウチワの熱風が襲い掛かる。先ほどよりも数段強い熱風が襲い掛かり、目を開けられなくなる。やっと熱風を耐えきって目を開けると、目の前はスチームで真っ白。目の前の敵の姿はもう見えない。
「これにて、ロウリュウサービスを終了させていただきます。」
最後まで生き残った歴戦の勇士が拍手でお互いを讃える。スタッフが扉から出ると、それに続くようにゾロゾロと戦士達が退出していく。ドラクエのパーティみたいだ。
一通り、退出客が落ち着いたところで私も外に出ると、出口であせばんだスキンヘッドの敵を発見した。どうやら俺は勝ったようだ。勝利の気分に酔いながら、私は軽い足取りで露天風呂に向かった。