ふと思いついたネタを書き溜めてみる

この記事では、2018年末~2019年1月に、ふと思いついた創作のネタをまとめています。

もしかしたら、ここで思いついたアイデアでゲームを作ることになるかもしれません。

 

 

僕の思考回路とリンクして、あなたのアイデアを暴発させよう!

 


タクシーが都会の夜景をバックに走る。

 

運転手の後ろには酔っぱらい。会社の愚痴をいいながら、運転手に話しかけてくる。
運転手は曖昧な返事を返す。酔っぱらいは湿気たやつだと文句をつける。

 

その運転手が業務を終え、ボロアパートに帰宅する。運転手は40程。無精髭がだらしない。
家に転がっているカップラーメンを広い、やかんに火をつける。

 

 

カップラーメンを食べながら、テレビを見る。テレビでは、金曜ロードショーでそこそこ流行ったアクション映画が流れている。
それをぼーっと見つめながら、運転手はカップラーメンを食べる。

 

 

 

急に電話が鳴る。電話を取ると、熱気を込めた声で男が話しかけてくる。
「たつきさん!なんとかあの企画でスポンサーから予算が降りました!さっそく今から段取りを始めましょう。これますか?」

 

 

「よっしゃ!」と大声を上げた運転手は、さっそく髭を剃り、ワックスで髪を整える。
そして、さっきとは打って変わったような精悍な顔立ちになった運転手は、カドカワ本社に意気揚々と向かっていった。

 

 

そう、彼の名はたつき。群れを嫌い、組織に所属せず、それでも作品づくりを諦めなかった、稀代のフリーランスアニメ監督だ。

 


 

 

40歳無職童貞が甥っ子の世話でネオ・キッザニアに向かったらそのテーマパークを管理するAIに閉じ込められてしまった。

 

 

テーマパーク内の子は泣き叫び、助けを求める中、年功序列で40歳がようやく重い腰を上げる・・・!

 

 

小賢しい子供の社内政治に翻弄されながらも、キッザニアを統括する中年。

 

 

ようやくそんな毎日に慣れてきた頃、キッザニアの出口が開く。
外の世界は、阿鼻叫喚に包まれた核戦争後の終末世界だった・・・!

 

 

大人たちも、食料を取り合い争い合う。結局子供と変わらず醜い争いがあった・・・!
中年無職童貞の真の戦いはこれからはじまる・・・!

 


 

ジャングルの秘境には人類がまだ見ぬ先住民族、ネコミミ族がすんでいた。

 

 

ショタの主人公はお姉さんと二人で仲良く暮らしていたが、
謎の病気が蔓延し、一族は姉とショタの二人になってしまった。

 

 

 

消えゆく部族を捨て、二人はジャングルの外を目指す・・・。

二人ははじめてジャングルの外を知る。そこは人類が支配する領域であった。

 

民俗学者に保護された二人。ショタは姉がら離れず、二人は民族学者の家に引きこもって暮らしていた。

が、ある日、姉も病気により死亡してしまう・・・。

 

 

ネコミミ族最後の一人は、自分とその部族が生きた証を、どのようにして残していくのだろうか・・・!

 

 


 

 

ブギーポップのアニメを見て思った「どうしてブギーポップは1990年当時に人々を魅了したのか」

1話は「普通の人間がちょっとした不思議体験をする」話なのに、
その一枚裏で壮大な異能バトルが繰り広げられているという、ものすごいセカイ系ど真ん中の世界観がすごくワクワクしたなあ。

一枚扉を開ければ、そこには不思議な世界が広がっていた!という話はすごく好きだし、人間関係の閉塞感で苦しむ中高生はもっと好きだろう。

 

 

で、1話で一番印象的な点は、
受験とか人間関係とか、閉塞感で苦しむ高校生がブギーポップという不思議な存在と出会って、ちょっと救いを求めて毎日話続けるんだけど、
最終的には「僕はもっと大きな存在と戦っている。君の問題は君が解決しないと。世界はもっと面白くないと。」と言われて消えるシーン。

 

 

ここに平凡な学生の救いがあるから後味の清涼感が突き抜けて良い。

で、2話以降から徐々に事件の中身とか異能サイドがどのように動いていたかがわかるから、「おおお!このシーン伏線だったのか!」とわかって最後まで楽しめる。

 

 

ブギーポップ、アニメの改善点を述べるならば、時系列マップでも作って、新規視聴者が時系列をきちんと理解できる構成にすると新規層離れを防げたのかもしれない。

 

時系列パズルを考察させるため敢えて説明を省いたのだろうけど、ブギーポップは往年のファンが多くて考察済だから、今更アニメで考察しても新規性ないから楽しめない問題がある。

 

 


 

【目的】
年老いて、姥捨て山に捨てられた主人公が集落を築いて生き延びること

【遊び方】
体力を削り、山を散策して食料や材料を探す
食料は半分くらいが毒だが、実際に食べてみないとわからい
武器、家などを作って、安定して生きることができる集落を作る
死んだらマップ上に自分の死骸(持っていた道具所持)や集落が残る
また、自分が食べた食料と、それが毒であるかがわかる

 

 

 


 

空になった部屋を見ると、急に不安になるな。
人間は本能的にテリトリー崩壊を恐れるものなんだろうなあ。

 

キャンプの楽しみって、「野外に自分のテリトリーを作る、テリトリー作成の快感」を高めるものだと思っている。
野外でカップラーメン食べると家で食べるよりも楽しい理由はこれだろうな。
人間関係にも同じことが言える。自分を認めてもらえるテリトリーができると、楽しくなるだろうし、
逆に自分の立場が危うくなると本能的な恐怖を感じて、時には恐ろしい行動をとったりもする。

 

異世界転生ものは、異世界に自分のテリトリーを作る快感が大きいのだろうな。

 

 


 

以上、思考の切れ端でした!

みなさんも、思いついたことをどんどんコメントしてくださいね!

 

ほな!